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13年前 5月23日 アンビリバボー体験

 そう、あれは13年前の5月23日。
― 忘れようにも 忘れられない ―
 暑くるしい目覚めの朝でした。
ふと見ると、キッチンの窓が鮮やかなオレンジ色・・・ン? 焚き火か。
エー?? ここは2階です!! 焚き火じゃ大きすぎる。 じゃあ何? 
窓を開けてびっくり~~すごい勢いの火柱ですぅ。
「電話電話・・・消火器消火器・・・逃げなくっちゃ逃げなくっちゃ。 え?1階はもう火の海! 煙が~あぁ~煙がぁ~、息がぁ止まったぁ! うそー 私、死ぬの??? 何も見えないよ 」思わず駆け上がった階段で屋上に出てやっと息ができた。
もう、消防車も来ていた。― 私は火事で逃げ遅れた人だったのです ―

 このアパートがまた、くせものでした。建物の構造上、消防隊が中に入れないらしい。何度も重ねた増築の末、複雑な構造になったらしい。
 ― 私は再び息が止まるほど煙を吸い込み、意を決して隣りの建物のベランダへ飛び降りた。4階から隣りの2階のベランダへダイブ ―
検証では、距離は5m、高さは斜めに9mあったそうな。火事場の馬鹿力。でも、真下に落ちていたら12mあった。生きていなかったね。 飛び降りていなかったら煙で死んでいました。
椎骨圧迫骨折、頚椎捻挫、打撲などで2ヶ月入院。身体リハビリに1年5ヶ月かかりました。今でも腰痛と下肢軽度麻痺が残ります。でも生きていて生活にも支障がない程度の身体的後遺症ですから、感謝しています。ちなみに出火の原因は「1階住人による消し忘れたタバコの火」張本人は外出中だったときいています。

 困るのは・・・「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」という、ちょっと厄介な後遺症です。「抑うつ症状」「パニック症」も出ます。高所・高速・狭小閉所が全くダメです。
映画館は薬を飲んでから行きます、慣れない頃は飲んだ薬が効き過ぎてよく寝ていました。ホテルは3階以上はなるべく泊まらない、夜に不安で眠れなくなるから。ジェットコースターはもちろんですが、観覧車、展望エレベーター、ロープウェイ、モノレールはまず乗れません。まぁ、乗れなかったからといっても困りませんが、乗用車は時速60kmを越えると気分が悪くなります(ダーリンのパパ、お願いだからゆっくり走ってね)、高速道路は苦手です。

 この「PTSD」と「うつ病」は、一見は元気そうでも「脳と心」が勝手にストレスを回避しようと走り出すので、症状が現れると少々の頑張りではとてもコントロールできません。ですから、時にお薬の力を借りてみたりします。時間をかけて、病と駆け引きしながら共存を目指してきたので、歳月と共に症状も出にくくなってきました。「この状況に身を置けば必ず出る」という場面も把握できるようになりました。ですから、予防的に軽い薬を予め使用して症状が出ないようにさせるようなことも身につけました。でも、やはり「鬱」は難しいです。徐々に落ち込み・・・ある時、ドンと一気に襲いかかります。ほんとうに、忍び寄る悪魔です。
 最初の始まりもそうでした。退院後リハビリに通いながら恐怖で眠れない日々が続き、ある朝、カーテンを開けることが出来ない自分の異常さに驚きました。この「自分はおかしい」という本人の病識があるうちは軽いのだそうですが。
『夜は怖い、静けさが不安、痛みも続く、火事で焼けて私にはもう何も無い、将来の不安はつのる、眠れない・・・』  これが、やがてド~ンとくるのです。一度大きな「鬱」を経験すると、その後、大波小波で繰り返すみたいですね。苦しめられます。心がへこたれる、というか、心が擦り減ってしまう、とでもいいましょうか。
徐々に落ち込む段階で気付けばいいんですが、本人も周囲もなかなか気付かないので、かなり厄介なんですわ。

とにかく、
13年前 5月23日 私の人生は変わりました。
でも 良かったこともたくさんあるんですよ。
それは、次の機会に書きこもうと思います。
(^o^)丿
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by madorudo | 2005-08-08 17:41 | 心的外傷後・・・その後