「ほっ」と。キャンペーン

母の教え(3)

  私の母は、面白い(^◇^)

 ついに「実家ネタ!」の連続シリーズとなってしまいました。

 今日、私の職場へ久しぶりでやって来た人物がいます。
 稀に電話で話す事もありますが、ほとんどは賀状のやり取りだけでお互いの近況がわかっています。
 元々の出会いは遡ること云十年、私が中学生の頃の「とある、恩師」のA先生。
 当時は一匹狼で、恐かったけれども本当は心に厚みのある魅力的な人柄で、今も細々と交流は続いています。

 「よっ! お前、元気しとるか?」
 「おやぁ~!! A先生!!!」
  
  お互いの近況を話しているうちに・・・私の実家の母の話題になりました...。
  「そういやぁ、お前さんのお母さんは? どうしとる? 元気か?」


 ******************

  私の母は、面白い(^◇^)
  A先生と今日会ったので、どうしても思い出してしまう母のエピソードを書かずにはいられません。それは私の中学時代にまで遡ります。

   私は、中学校では部活が「ダンス部」でした(...赤面(^^ゞ)
   テニス部に入るつもりが、なぜかダンス部に入って3年間を過ごしました。

   そして、授業に組み込まれている選択制のクラブ活動は「拳法クラブ」だったのです(^^ゞ
 拳法クラブは英語のY先生が「少〇寺拳法」を学校で教えていましたが、公立学校なので「少〇寺」の名称もロゴも使わずに行われていました。

 運動系部活は朝練がありますが、ダンス部は放課後のみでした。その代わり、拳法クラブは希望者に朝練をさせてくれましたから、早朝は学校で拳法、放課後はダンス...という中学生活でした。

 格闘技にハマリに嵌った私は、少〇寺拳法の支部(当時は道院と呼んでいた)を電話帳で探して、本格的に入門してしまったのです。一般社会人の男性ばかりの中で、女子は私一人だけでした。。。

 日々、格闘技とダンスの両立で体中がアザだらけの女子中学生でした(⌒▽⌒)
 帯も白色から茶帯になり、目指すは黒帯・・・

   そんなある日のこと・・・
 学校から帰宅すると、満面の笑顔の母が私に
 「今日、お母さんも道院へ行くから~~!」
 「あっそう(参観日か?)」と軽く受け流して、夕食を摂ると道衣を持って出かけました。
いつものように道院に入ると着替えて、整列・合掌・着座・鎮魂・誓句・受身・剛法演武・組手柔法・乱取・整法とそれぞれのレベルに合わせた練習が始まります。

 その鎮魂が終わって目を開けた私はщ(゚Д゚щ) 仰天しました。
な、な、なんと! 道衣をまとって白帯を締めた母が…
そこに (>_<) 立っているっつーの!
   うじょでじょ~
 すかさず近寄り 「なんで!(――゛)」
 母 「だから、来るって言ったじゃない(^^)ニコニコ」
 私 「・・・・・(ありえない)・・・・(絶句)」

それからというもの、母は
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナ・・・「笑顔(^^)」で道院へ通ったのです。

東洋医学にとことん傾倒していた母は、少〇寺拳法の「整法」に強い関心を持ち、入門したのだと後にいいます。

 今、当時を振り返ってみても・・・不思議なことが1つあります。
それは、思春期の私が自分で築いた世界に、予告なく親が侵入してきた事への怒りや羞恥心が全く無かったこと。今、考えても、当時の道院の中での母に対しては、私は全く「身内」という感情が湧いてこなかったのです。不思議でした。
 
 それを唯一、理解できるとするならば・・・それは、母の「熱き心」がゆえの「前向きな姿」を私は見ていたからではないのだろうかなぁ~と、思うのです。
前しか見ずに、口数少なく、目的に向かって突き進む母に対して、恥ずかしいからやめてなどとは1度も思ったことはありません。意思の強いひとりの女性として、母のことを見ていたのだと思います。


    **************

 話は最初に戻って。今日、職場に現れたA先生は拳法六段で支部を持って今も現役で活躍しています。 懐かしい母の話に及んで「A先生、私の健康増進とダイエットを兼ねて、受身無しの柔法だけを習いに行っても良いですか?」と尋ねると・・・A先生「アホ。何年のブランクなんや? 身体を壊すからやめとけ!」と再入門をあっさり一蹴りされてしまいました(⌒▽⌒)
 

[PR]
by madorudo | 2010-02-02 00:17 | 家族の話・・・いろいろ
<< 台北 母の教え(2) >>