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父の年賀状 (2)

 私の実家の父が執念を燃やし、毎年の年賀状に取り組む姿を前回の記事で書いた。
このネタで続き物にするつもりはなかったが、色々と思い出すとカキコキしたくなってくる。
 私の実家ネタは、尽きないし飽きない連中ばかりがいるからだ・・・(^^ゞ へへっ

 私が幼い頃は、父の年賀状も毎年・・・円い「賀正」ハンコをペタン! 小さめの「元旦」ハンコをペチョ! 最期に「住所・氏名」ハンコをベタ! と「三段階ハンコ技法」で1枚ずつ作成していた。

 乾かして、宛名書きが終わると、父は手書きでその空白部分に、一人ひとりに合った言葉を書き添えて出す・・・1枚作成にどれだけの時間を使うのか・・・と思うほど丁寧な作業を私の父はしている。

 短歌、和歌、俳句で届いた方へは返歌、返句で返し、近況を書いてくる方へは応答文を必ず添えている。しかも、前年度の年賀状とタイアップさせて1枚1枚を見比べながら「相手に合った内容を書かなければいかんのだ!!!」と異常に頑張る。
 そんなことを何年もしていると、どーなるかというと!
間違いなく、先様からの年賀状はどれもこれもが「凝った1枚」となって翌年のわが家に届くこととなる。

 そのように凝った年賀状が・・・父の現役時代は1.000枚を軽く超えていた時期があった^_^;
 それをスタンプと手書きで書き続ける「執念」を私は見て育っている。(敢えて感想は言えない)
 
 年末年始は連日、夜を徹して書き・・・真夜中の休憩時間を頭のクールダウンに一っ走り郵便局まで自転車で走る父の手には数十枚ほど書き上げた年賀状がある。ポストへは入れない。裏口からドアを叩き、作業中の局員に託す・・・なるべく早く届くようにとの思いかららしい。。。
そして、年を越し~元旦~お年玉抽選日ギリギリまでこの繰り返しで、書く、走る、書く、走る、書く・・・。すべてが終了した時には、世間ではもう「正月」とは呼ばない頃になっている。

 現在、88歳(大正10年生まれ)の父は、今でもこの作業を辞めない。
ただし、表書きとスタンプは私のパソコンとなった。

 そして、現在ではピークの頃の約半分の枚数に減った。
それは、父が年齢を重ねると共にパソコンデーターから削除されていく方々が年々おられる、という現実である。
 その寂しい現実を私は父と共に長い年月をかけて見てきたように思う。
 その中でも特に気になるメンバーがある。  
 実際には私は会った事もないが「〇〇さんから、今年も届いた」と私が妙に安堵感を持つのは、父の台北帝大時代の同級生からの賀状である。・・・随分と枚数が減ったものだ、と・・・。

  毎年 私はブツブツと文句を言いながらも永く続いているものだ・・・。
  父よ! まだまだ元気で正月を迎えよう!

        だが、父よ! 明日から、私は仕事始めです!!
        追加印刷は、頼むから早めに申し出てください(ーー゛)
        私ももう若くないのですから! 

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by madorudo | 2010-01-03 14:14 | 家族の話・・・いろいろ
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